背景
気候変動による悪影響を緩和することを意図して設計された尺度を導入することにより、決め手となる有効な措置を講じるためには、まず科学者たちが、将来気候がどう変化していくかに関する情報を得ることが必要になります。 そのためには、気候モデルが必要です。つまり、大気の動きを支配する基本法則を表現した一連の方程式を使用することにより、現在の気候体系を正確にシミュレートするための気候モデルです。 それらのモデルには、気候体系を構成する数多くの要素が詳細にわたって含まれることになるため、その実現にはかなりの計算資源が必要になります。
あらゆる気候予測のための当面の基礎となるのは、地球の大気/陸地/海洋のシステムを表現した大気大循環モデル (GCM) です。 現在、多くの GCM が存在しますが、GCM グリッド・セルの典型的な長さは 300km のオーダーであり、この解像度でいくつかの有益な情報を抽出できることが少なくありません。 この解像度でも局所的なレベルから大陸レベルに至るまでの気候変動に関する大まかな結果を得ることができますが、通常、特定の国や地域での水資源や農業に対する気候変動の影響を調べるには粗すぎます。 例えば、低い解像度の GCM の場合、地形 (山) を正確に表現することができません。現実には、急こう配の地形によって発生する雨のように、細かい地形が局所的な効果によって気候に影響することがあるのです。
アフリカの特定地域における気候変動を理解する上で適切なスケールでの予測法を開発するには、GCM 予測のスケールを下げることが必要です。 これは GCM として現在認知されているもののうち、地域気候モデル (Regional Climate Model、RCM) と呼ばれるバージョンによって実現できます。そのグリッド・セルのサイズは通常 30km であり、それを取り囲む GCM 大気に比べて空間的にさらに高解像度で大気をシミュレートします。 これにより、地形や小規模気候システムが、より高い解像度で表現されます。
とはいえ、高解像度の RCM ではあっても、30 km よりさらに細かいスケールで発生する大気現象を表現することが必要になります。 それは、実際の経験や現在観察されている気候に基づいて作成されたアルゴリズムによってなされます。 それらのアルゴリズムでは、特定地域に関して RCM がどの程度気候をシミュレートするかを部分的に決定するためのパラメーターあるいは固定変数が使用されます。 しばしばそれらのパラメーターの現実的な値として複数の可能性があり、その最適値がシミュレートの対象となる地域によって異なる、ということが少なくありません。
World Community Grid と AfricanClimate@Home
ケープ・タウン大学の Climate Systems Analysis Group (CSAG) の研究者は、アフリカの気候をシミュレートする際にそれらのパラメーターに使用する値の不確定度を小さくしようとしています。 World Community Grid の能力を使用することにより、さまざまな地域や期間のそれぞれに対して、複数のパラメーターおよび複数の値のさまざまな組み合わせを試しています。 それには、膨大な計算が必要となります。時間や場所が違えば各パラメーターの作用も異なり、気候変動予測を正しく解釈するためには、その量を数値で出すことが重要になるからです。
このような実験は、分散コンピューティング・グリッドにうってつけです。それについては、英国 Hadley Centre でなされた climateprediction.net での実験によって例証されています。 その実験は地球規模でパラメーター化の範囲を最大にしようとするものでしたが、World Community Grid におけるこの実験で目指すのは、アフリカ全体を網羅する多くの小さい領域のそれぞれに合わせて、パラメーター化の範囲をなるべく小さくするというものです。
この実験は、アフリカの気候に関するさまざまな研究の計算結果の間にみられる大きなギャップを埋めるものとなり、他のモデル化プロジェクトの網羅する分野を補って、アフリカ大陸全体に関する理解度を深め、有用性を高めるものとなります。
World Community Grid のサーバーは、各ボランティアのコンピューターにアフリカの特定の地域の大規模大気を表現するデータ・セットを送信し、それと共に、局所的気候をシミュレートするために使用する RCM の一連の公式 (それぞれがパラメーターの異なる組み合わせを表す) も送信します。 得られた結果と実際の観測結果とが比較され、実際の気象観測の値を最もよくシミュレートするモデル公式を判別します。
研究者は、この実験の結果を利用して RCM で使用するパラメーターの範囲を狭めていきます。 これらのパラメーターの範囲を狭めることにより、その地域におけるモデルの大気現象や雨量に関する不確実度を小さくし、RCM を使用した気候変動予測の正確度を高めます。 さらに、局所大気モデルでの不確実度を小さくすることにより、実際の土地利用変化 (農作物耕作か放牧か、など) がその地域の気候にどう影響するかをより正確にモデル化することが可能になります。 現在、これは気候変動のシナリオにおいて人の営みに起因する不確実性の 1 つの側面となっており、これまであまり注目されてきませんでした。 それらを総合して不確実度をなるべく小さくすることにより、将来の変動によって特に影響を受けやすい地域を、高い信頼度で特定することができます。 それは、農業、水資源、HIV/保健問題など、広い範囲の分野にわたって気候変動の影響を研究する専門家にとって、研究の基礎にすることのできるデータになります。